オール京都日本酒 「神聖全量祝純米吟醸」ができるまで

京都伏見は日本酒の産地である。伏見かつて「伏水」と記されたほど、良質な地下水が流れ、この豊富な水を利用した日本酒造りや京野菜の栽培の文化が今日まで脈々と受け継がれてきた。こうした伏見の資源を最大限に生かし、より魅力あるまちづくりをするため、「田んぼと酒蔵のあるまちづくり推進事業組合」では「水」をキーワードとした取組を実践してきた。

その一つとして、伏見の水で育てた米を使い、伏見の水で日本酒を造るという取組がある。この伏見のブランド酒造りを実現するため「田んぼと酒蔵のあるまちづくり推進事業組合」の呼びかけのもと、伏見の酒米生産農家、(地独)京都市産業技術研究所、そして伏見の蔵元の山本本家が協力。

京都府限定の酒造好適米である「祝」を原料とし、冷酒向け酵母である「京の咲(さく)」を使用、京都の麹を使い、伏見で醸造する「オール京都産の酒」に取り組んでいる。子の酒、香りは穏やかながら、口に含むとみずみずしいメロンの風味とともに、キレのいい青リンゴのような酸と米のふくらみのあるきめ細やかな味わいがある。

(地独)京都市産業技術研究所(京都市下京区)バイオ系チームは、地元酒造メーカー技術支援や酵母開発などを行う、京都の酒造りの土台を支える研究機関である。廣岡青央研究部長にお話を伺った。

「各蔵元から採取して受け継いでいる清酒酵母が、うちには200種類ほどありますが、酵母の個性もいろいろで、それぞれ得意分野があります。京の咲は発酵力が強いので辛口の酒になりやすく、さらに、冷やして飲んでおいしいリンゴ酸を沢山生成するんです。」と、廣岡さんは語る。市産技研は、燗酒や冷酒など、清酒の飲む温度に応じた京都市独自酵母の開発に力を入れているのだが、「京の咲」は、軽快な酸と穏やかな香りがバランスされた上品な味わいの冷酒むき日本酒になる。「京都のオリジナル酵母による酒を冷酒で楽しんでほしいですね。」廣岡さんの酵母に対する静かだが熱い思いが伝わってきた。

次は酒造りの現場の声を伺うべく、1677年創業の老舗酒蔵、伏見の山本本家(京都市伏見区)にお邪魔した。山本本家は「神聖」や表千家御用達の「松の翆(みどり)」などの銘柄で広く知られており、仕込み水である「白菊水」は名水「伏見七ツ井」の一つで、この水を汲みに来る地域の人たちが常に絶えない。

山本本家取締役、山本晃嗣さんは「伏見の水は軟水で、一般に酵母の発酵が緩やかになりますが、『京の咲』酵母は発酵力が強いので、より低温でじっくり丁寧に作ることを心がけています」と、語る。また、地元志向の発想で作る日本酒に手ごたえを感じており、ゆくゆくは、5000石ある山本本家全体のお酒のうち、半量を京都産の米で作れたら、との思いがある。一方、地産地消の酒を消費者に理解してもらいたい、との思いで始めた消費者参加型体験イベント「神聖伏見酒米の会祝友プロジェクト」は、早3年目を迎える。参加者は春、地元の三栖神社に豊作祈願したのち地元農家指導のもと酒米「祝」田植えを行い、秋に稲を刈り取り、酒造りも体験して、最終的にできた酒と酒粕を受け取る。「リピーターも多いんです」と山本さんは話す。「この取り組みが日本酒業界への提案の一つになればいいですね」と、ファン層拡大に向けて深い思いを語った。

最後に、実際の酒米「祝」の生産現場で、生産農家として山本本家に祝米を提供し、「祝友プロジェクト」にも参加している木村健一郎さんにお話を伺った。祝は心白が非常に大きい酒造好適米であり、昭和8年に京都府立農事研究場丹後分場(現・京都府丹後研究所)で、野条穂の純系より派生した品種である。心白の大きさから、吟醸酒などしっかりと精米する酒造りに適しており、当時から良質の酒米として高い評価を得ていたが、収穫量が少ないこと、草丈が高く倒れやすい性質で機械化に適さなかったことなどから、昭和40年代以降、栽培が途絶えた。その後、昭和60年代から、「京都の米で京都独自の酒を造りたい」という気運が高まり、平成4年、再び栽培が始まった。現在では府内各地の契約農家で栽培され、伏見を中心とする京都全域の酒造りに生かされている。「祝は一般的な食米の倍の値段で買ってもらえるので農家は助かります。伏見の仕込み水と同じ地下水で作っているので、伏見酒とのなじみもよく、これからお酒の販売が進んでいくことで、祝の作付増加のきっかけができれば」と木村さんは語った。

「神聖全量祝純米吟醸」は、山本本家の蔵元イベントや神聖「鳥せい」直売店で入手可能。地元生産の祝米の産出量がまだ少ないため、現在のところ10石、四合瓶2500本分と生産量はまだ少ないが、今後もこの取り組みを充実させて、他の酒蔵でも同様のお酒ができ競い合うことで、さらにオール京都の酒の知名度を上げていけたらとの思いは、関係者全員に共通する願いである。今後の取り組みから目が離せない。

(取材・文:山口吾往子)

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